聖者の行進('98.1〜'98.3 金曜10時 TBS)


 難しい題材を取り上げる野島伸司の作品。昔はあまり好きではなかったのですが、最近は好きで結構チェックしてたりします。この作品を通じて語りかけてることは、弱者をいじめることではなく、いかにしたら歩み寄れるか、だと思う。人の立場になって考えるのは本当に難しいし、他人と分かり合えるようになるのは今の世の中不可能に近い。それに一歩ずつ近づいて行こうとしているのだと思う。心の豊かさを保ちながら、いつも他人を理解しようと心掛ける大人になる、そういう生き方をしたいですね。


聖者の行進(98/03/27)

 裁判は巧妙な頭脳戦の末、狼の勝ちに終わった。永遠の心の叫びは空しく法廷に響いた。だけど、裁判では有罪が証明されなかっただけ。人々の心には狼への深い不信感が植え付けられた。それは結果として本当の意味での勝利だったのかも知れない。。。
 衝撃のラストは語り尽くせない。。。キリストの命は、ユダの魂を救い、狼と運命を共にし、今、ありすの元へと旅立った。ありすの形見のペンダントを胸に。。。と思った(^^;

 竹上の死を目前にした独白は、物語の核心なのでしょう。誰も最初は歪んでなかった。いつの頃からか心の中に悪魔が棲み憑いたのだ。作品中、残酷なシーンが度々放映された。これを問題視する論議も盛んになった。心の荒みは間違いなく周囲の影響を受けて育つ。それを忘れないように、聖者達のように穢れなき心を育むように心掛けねばならない。

 最後の悲劇は回避され、命を落として魂を救われた仲間と共に、楽しそうに演奏をする永遠たち。失われた命は戻らないけど、それでもこの物語はハッピーエンドの一つの形だったのだと思う。最高の作品をありがとうでした。


聖者の行進(98/03/20)

 ついに始まった裁判、「狼退治」。狼たちは真実を巧みに利用して事実を捏造する。弱者が泣き寝入りせねばならないか否か、それは永遠という名の希望に託された。
 正しい者を信じる人はいない。いるのは強い権力、多数意見を信じる人たちだけ。悲しみに暮れる聖者たちは、永遠の優しい心が癒した。そして、心の中に出来た砂漠にも癒しの泉は再び湧くのでしょうか?
 最後に聖者たちに光は見えるのでしょうか? 次回予告がまるで家なき子2のようで心配です。。


聖者の行進(98/03/13)

 友達と離れ、ばらばらになった聖者達は、それぞれの悲しみにくれる。理解してくれる人がいない世の中はまさに砂漠のようだ。でも、仲間とのつながりが再び永遠たちに「プライド」を呼び戻す。
 命は大切だ… みんな生きているんだ… 真っ赤な血が流れてるんだ… 
 暗闇の中に堕ちてしまったユダの心に、キリストのこの言葉は光として届いたのでしょうか? 魂の救済は続く…


聖者の行進(98/03/7)

 人の優しさが常に強調されるこの作品では、逆に人の醜さも際立ってくる。
 何もしないでいた人たちが動き出す。でもやっぱり世間体という壁にぶち当たる。世の中は結局自分が中心、他人のことなんて知ったことではない…そういう気持ちがあふれている。みんなそういうことに負けないように、強くなりたいと思うわけである。でも、
 「強くなることはないんです。いいんですよ、弱いまんまで。自分の弱さに向き合い、
  それを大事になさい。人間は弱いまんまでいいんです。いつまでも。。。」

 弱い人間こそが、弱い者の立場に立って考えてあげることができる。誰よりも優しくなれる。しかし、やっぱり人間は弱い。弱いから愛する人のために道を誤ってしまうのです。。。


聖者の行進(98/02/27)

 人は死ぬとお星さまになるという。。。
 親の無理解と心無い考え方が、一人の少女の命を奪った。そう取ってもおかしくないと思う。人を思いやる愛情が人の心を救い、人の気持ちをわかろうとしない間違った愛情が人の命をも奪う。
 心が寒くなる淋しい世の中で、奇跡のような愛情は今、きらきらひかるお星さまになった。悲しくてもつらくても、その真心を胸に、永遠は強く「プライド」を持って生きて行くでしょう。そして、この物語を見ている人たちもきっと同じことを願うでしょう。


聖者の行進(98/02/13)

 「事実と真実は違う。人はそれをよく間違えるものです。」
 突然の弁護士の登場で、急展開があるようですね。真実を知る弱き者を護り、ねじ曲げた事実を作り出す大人達と戦う人々…そして、次々と襲ってくる不幸はどこまで続くんだろうか? 頑張ってほしいです。心底からそう願っています。


聖者の行進(98/02/06)

 毎回胸が詰まりますね。心が痛くなるといいますか…。
 健常者と知的障害者、いろんな出逢いがあったけど、それでも友達になるのは難しい。でも永遠の一言がみんなの心を繋いでいく…。
 しっかし、何故こうも悲しい展開を用意しておくんだ、野島さんっ(T_;)。今回のラストと次回予告は…。来週も観ないわけにはいきませんね。


聖者の行進(98/01/30)

 今回は徐々に永遠のことがわかっていくありすの気持ちの変化が主題のひとつでしたね。毎回裏でいやな話が進行していますが、こちらを見ているとほのぼのします。まっすぐな心は綺麗な目に表れる。それがわかってくれたとき、二人はわかりあえたんだと思う。(でも、他の生徒たちがわかってくれることは絶対にあり得ないでしょうね。悲しいけどそんなやつらが絶対大多数意見者なのですから。。。)
 ボランティア…そのスタンスっていうのも難しいですね。でもそれは、永遠が言った「ともだち」でいるというスタンスが一番理想に近いのかも知れませんね。


聖者の行進(98/01/23)

 「ボクは・・心が壊れそうになりました。。」
 やっぱり難しいなぁ。ちょっと感じ入ってしまって言葉が出ないですね。いつかはわかってくれるのかなぁ? ぴっちを通して「心の送受信」を繰り返して、ようやくオフで会えたのに・・。やっぱりいくら話はしていても、遅れてくる初対面の衝撃は大きいですね。

 でも、ちょっぴり明るくなっていた次回予告に期待しつつ、またチェックしていきましょう。


聖者の行進(98/01/16)

 嬉しいときには笑い、悲しいときには泣き、素直に自分の感情を表現する。自分の気持ちを素直に相手に伝える。そういうことができるって素晴らしい。世の中の醜さ、卑しさ、汚さを知らないからこそできるのでしょうね。でも、周りにいる人間たちは醜く澱んでいる。純粋な彼らを蔑視することで自分の優越感を満喫しているかのように・・・。
 人は自分と違った、異質な人間を見ると嫌悪感を覚える。自分の物差しで他人を測り、測りきれずに理解できないことがわかると、自分が正しいことを確認するために、そうすることで安心するために、理解できないものを必死に否定しようとする。だから、人と人が本当に分かり合うのは難しいのでしょう。

 永遠とありすは、本当に純粋なまま出逢うことができた。二人の出逢いを祝福することのできる心が、きっと他人を理解する優しい心を育むでしょう。


聖者の行進(98/01/09)

 難しい題材を毎度扱ってます野島作品です(といいつつ星の金貨は見てませんが(苦笑))。障害を持つ少年、非行に走る少女、それぞれへの接し方というのは難しい。そのお互いが今後どうやって他人の理解を得て、また他人への理解を示していくのか・・・。今後の展開に是非期待していきたいと思っています。
 「青い空はー、君の友達! だからー、泣いてはいけません!」

 (しかし、何故にありすの第一声は「あんた、バカァ〜?」なのだろう?(謎笑))